dadalizerの映画雑文

観た映画の感想を書くためのツール。あくまで自分の情動をアウトプットするためのものであるため、読み手への配慮はなし。

※童貞を弄るのは危険なので近づかないでください

とかなんとか。

観に行ったのは「早春 DEEP END」のデジタルリマスターですた。映画はもちろん面白かったんですけど、そのあとの廣瀬純氏のトークショーも面白かった。というかトークショー目当てでもあったんですけど、「早春」から小津安二郎の映画に出てくる赤いちらばりの話とか(廣瀬さん自身は小津映画にそこまで造詣が深いわけではないらしいのですが)、あとはどうして「DEEP END(原題)」になったのかの考察とかすごい興味深い話があったり、自分とはまったく違う、というかその先の見方をしていてすごく参考になったんですが、今日は疲れたので感想はまた明日ちゃんと書きます。

あとパンフレットはなかったんですけど「CINEMA VALERIA」っつーZINEでのイエジー・スコリモフスキの特集したものが売店で売っていたのでそれを買いました。

町山智浩とか町山広美とか中原昌也だったのが良かった(まだ読んでないけど)

 

 

X+ギャグ=北野映画

 真っ暗な部屋とクレジットからの「武士道」引用(ちょっと調べたら新渡戸稲造は関係なくメルヴィルの創作らしいので「民明書房」のようなものとして受け取りましょう)。この物言わぬ静かさでもって必要なことだけを端的に伝える絵ヅラ。初っ端からエッヂがきいている。それから10分くらいは音声としての言葉は一切ない。ともかく静かな映画だ。そのあとにドラマの「隣の家族は青く見える」を見るとすごい。体感温度ならぬ体幹説明度が。ていうか、このドラマはほとんど教習所の映像といっても過言ではないくらい教育テレビ的なものなので、それを割り切ってマツケンを楽しめばいいのです(世間的には深キョンかな)。

「サムライ」はともかく静かで、説明を排し黙々と行動に移す人物を描いている。乾いているのに湿っているというのがなんとも北野映画っぽいわけですが、北野映画以外にもいろんな作品が影響を受けたというのはよくわかる。だってこれ、単純にかっこいいんだもの。あと歩いているシーンの別にそこいらないでしょ、っていうのとかは北野映画がまんまやっている。つっても、こっちは人物がカメラに収まっている間だけなのに対して北野映画は1秒ほど空間だけを撮ったりもしているんだけど。

あと最初の銃撃のシーンのカットの切り替えしで見せる「実はアラン・ドロンが先に撃っていた」というのもかっちょいい。アランドロンのすっとぼけた目もいいんですよねぇ。

 

沈黙は金、雄弁は銀という諺がありますが、サムライはそれを映画そのもので体現しているんじゃないかと。

しかも延々と行動(動作と言っても過言じゃないかも)だけを見せる。だからほとんど間の「ようなもの」ばかりが尺を取っているんだけれど、それがまた気持ちいいというか。北野映画はそれをギャグで切って繋ぐのでテンポアップしてるんじゃないかなーと思ったり。

それほどに、人物は必要なこと以外は喋らず黙々と動く。アラン・ドロンの不言実行な振る舞いは老若男女問わず惚れてまうヤローなんですが、彼にかかわる二人の女性メルヴィルヴァレリーもすごくクール。クールなんだけど、その関係性が非常に叙情的で切なくもある。関係性萌えというやつがありますが、関係性燃えならぬ関係性泣き。ロミオとジュリエットほどみたいに露骨じゃないのがまた卑近で(といってもあくまで比較的ですが)切ない。

 

決着をつけるという言葉の意味も「お前かっこつけすぎだろー(号泣)」と内心でツッコミをいれつつ収まるところに収まってしまった因果応報感というか。

 

この映画を中二病真っ盛りのときに見たら色々とこじらせそうだ。

 

今日は久しぶりに映画館に行って映画を観てくるぞいってなわけでまたあとで記事を書かねばならぬ・・・。

 

 

BSイーストウッド無双

ということでここ最近BSジャパンイーストウッドが監督した映画がずっとやっているのですが、一番見たかった「グラントリノ」が録画に失敗してやがった。BSプレミアムの方も年間を通して観ていると割とローテが決まっているということに気づき始めたりして、またレンタルループに戻るかーとかNetflixにそろそろ加入するかなーとか考え始めてはいる今日この頃。実際、レンタルも販売もしてない映画がネトフリに落ちているというのは耳にするのでいつかは入ろうと思っていたりはするんですが・・・とか、そういうどうでもいい話は置いておいてイーストウッドの「インビクタス」と「ヒアアフター」をウォッチっち。

 

BSジャパンとかじゃないと吹き替えを見る機会があまりないので、たまにこうやって吹き替えを観るとやっぱり字幕とは違うんだなーというのをしみじみ感じる。まず情感が違う。やっぱり母語の方がすんなりと感情に訴えてくるものがある。

わたくしが初めてまともに観たイーストウッド映画である「アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の軌跡」のときにはその混乱の元がよくわからなかったイーストウッドの怜悧さといったものを「パーフェクトワールド」からのものなんじゃないかと思い始めてはいたんですが、どうにもこの人の監督する映画のキッチリカッチリした感はなんなのだろうか。企画自体はそばかす爺さんことモーガン・フリーマンイーストウッドに持ちかけたものらしいのですが、イーストウッドの手にかかれば全米が泣きそうなマンデラ感動巨編になりそうなところを、適切な場面で適切な演出でもって適切にエモーションを掻き立て適切に感動させてくる。その逸脱しない理路整然さが、逸脱したものを描く映画においてもっとも逸脱している。そんな印象を彼の映画からは毎度抱く。だから素直に感動すりゃいいのに、そのあまりに綺麗に整えられた画面にどうにも泣けないというのがわたしがイーストウッドの映画に対して受けるものなのですが、そうはいても黒人の子どもが段々と白人警官と一緒に盛り上がっていく様やSPたちの興奮などはやはり演技の巧さや演出の巧さと相まって観る者の情動を揺さぶる。

だのに、簡潔で完結なのになにかが物足りないような、ほかの映画にはないイーストウッドの映画。

ヒアアフター」もそんな感じなのですが、津波のCGがなんだかすごい。多分「ジオストーム」なんかよりも断然、映像的なスペクタクルがあるはず。いや、「ジオストーム」はまだ見てないんですけど予告編を見た感じとかで。まあ方向性が違うというのは確かにあるんですが、しかし恐ろしさという点ではやはり「ヒアアフター」の津波描写はかなりすごかったです。

あとブライス・ダラス・ハワードが可愛い。出番の多いチョイ役といったところなのですが、可愛いです。ゴリラことデイモンとキス一歩手前までいって何もしない悶々さとか、デイモンがテイスティングする側になると周囲の人間が排除されたりとか鬼武者2かと思ったり。

 

それと「シーサバイバー」っていう映画も観たんですけど・・・うーむ、こちらちょっとねぇ。「キャプテン・フィリップス」の面白みを取り去って敵と味方の友情に焦点を当てた感じ。それもそれでもっと尺割けばいいのにーと思ったり、指揮系統の丸投げっぷりが日本の企業単位でのトップダウンみたいで笑ったり、そういう楽しみ方もできなくはないんですが、あえておすすめするとかそういうことはないでせうな。90分ないのが救いでしょうか。

 

さーいしょかーらこうなるこーとがわかってーたーみーたいーにー

サム・ライミってこういう映画撮るんだなぁ・・・。

ライミといえば「スパイダーマン」か「死霊のはらわた」どちらか、というのが世代ごとの印象として強いと思うのですが、どっちに親しんでいるにせよ「シンプル・プラン」はライミの作品と言われてもパッと観ただけではわからないくらい作風が違う気がする。

というか話がそもそもスーパーヒーローとか悪霊とか魔女(の呪い)とかではなく、かなり地に足着いたサスペンスだからなのだろうけど、そもそもライミにそういう趣向があるとは「シンプル・プラン」以前と以後の一連の作品からはあまり想起できない。園子温はライミと親しいコーエン兄弟に対して思うところがあるんじゃないかと言っていましたが、まあライミよりはコーエン兄弟っぽいシリアスさではある。コーエン兄弟の作品はそんなに見てないけど。

あーでも善悪や侮蔑といったものは「スペル」にも見られるような気もしなくもない。

最近の仕事だと「ドント・ブリーズ」の製作なんかやってましたが2017年は特に何をやっていたとか情報を聞き及んでいないのですがドラマ版の「死霊のはらわた」で忙しいのだろうか。一応バミューダトライアングルでホラーを作るらしいけど。

 

それはともかく「シンプル・プラン」はかなり脚本力が強いというか、ライミの過剰なアクション(広義)はかなり抑えられている。血はそんなドバドバ出ない(といっても雪の中で目立つようにしてたりはする)し。

なんとなく最近の日本で流行っている「田舎のダークさ」みたいなもののアメリカ版とでも言うか、そういう閉塞さがもたらす負の側面みたいな空気がかなり濃厚に漂っている。しかし、白石監督や小林監督や入江監督(は前二人にくらべると違うが)のような暴力を笑いに昇華させてたり、ふとした瞬間に笑えるような間を作ったりとか、そういうのはない。ただただ田舎という狭いコミュニティにおける狭い面積と狭い(がゆえに親しい)人間関係が、一つの出来事で瓦解していく。そこに笑いの要素はなくて、惨めさと後悔のようなものや蔑みといったイヤーな部分をつついてくる。

しかも、5人(カウントの仕方によるけれど)が死んでるのに主人公の生活が映画の冒頭とラストでまったく変化していないという虚しさ。ああいうのをちゃんと映画的に見せてくれるのはさすがの手腕ではあります。

いや、本当にただ虚しい映画ですこれ。過去を振り返って後悔するとか、そういうのすら億劫になるほど虚しい映画。

某アニメで世界一の富豪という設定のキャラクターが「金の力は大きいだ」と仰っていましたが、金はあくまできっかけに過ぎず、それぞれの人物が内に抱えていたものがそれによって表面化しただけでもあるような気もする。

ちょっとした態度などから人物Aの人物Bに対する印象などは示されていて、しっかりとした作劇がされていて見ていて面白いんですけど、なんだかやるせない映画だ。

トランプ、ピカソに夢中だってよ

ダレン・シャン」「モネ・ゲーム」「コラテラル」の三連続。

 

ダレン・シャン」は妙に退屈な映画でした。

原作は友人がやたらと「ホッケーのスティックで膝バーンってやると膝が飛び出るんだよ!」という前後の場面がよくわからないシーンをやたらと面白そうに語っていたことと、サンデーかなんかにコミカライズが載っていたなぁという程度の印象。ハイファンタジーで吸血鬼が出てくるということしか知らなかったのですが、90年代のダメな実写化っぽい趣だったなーと。高速移動の描写が完全に「マスク」だしねぇ。

何がダメだったんだろう、というのが自分には具体的にどうこう言えないのだけれど、なんかこう、ダサい。アクションのダサさ、フェティッシュの欠如、とか色々ある。気が利いていないんだなぁ、キャラクターの造形とか。ハリーポッターの後に続こうと思ったかは知らないけれど、焦点をダレンとスティーブに絞ってジョシュ・トランクあたりにもう一度撮らせたら面白くなるかも。原作のことは考えずにモノを言っていますが。

とはいえジョン・C・ライリー、ケン・ワタナベ、ウィレム・デフォーと地味に好きな俳優が揃っているので、そこそこ楽しめましたが。デフォーはすぐに退場するし、ライリーはライリーでアクションがへなちょこすぎたりするんですけど。

吹き替えのほうが楽しめたかもなーと、ウィキのLiLiCoの名前を見て思った。

 

モネ・ゲーム

こちらは面白かったです。「泥棒貴族」という映画のリメイクらしいのですが、こっちは見ていないのです何とも言えず。トマトの評価は芳しくないようですが、めちゃくちゃつまらないという評価ではなく割と相対的な評価とか、あとはやっぱりコーエン兄弟の名前を引き合いにしていたりするので期待値が高かったというのもありそうな気がします。一人だけ「今まで見たコメディ映画で最悪の映画」と書いている人もいましたけれど。

 

良き人には良い絵を。っていうのは建前で嫌な奴を騙して金もゲットしてついでに紳士らしさを見せて( ゚Д゚)ウマーという話です。

コリン・ファースの間抜けっぷりとか萌えますし、キャメロン・ディアスもこういうコメディには向いてる。ビンボーブロンドっぽさを出しつつも実はしたたかな一面を持っていた入りとか。あと今は亡きアラン・リックマンが楽しそうにしているので、それが観れるだけでも割と満足だったり。この人の印象というと幼馴染を寝取られた魔法使いとか寝ている幼女の歯を砕いて鼻で吸ったり、エイリアンだったりテロリストだったり天使だったり、そういうキワモノの中ではヌーディストな金持ちというのはむしろ普通すぎるきらいはありますが。

 ホテルのくだりは余すところなく面白いと思うのですが、ああいう勘違いギャグとかスラップスティックは受けないんでしょうかね。ミスターディーンはやっぱりミスタービーンを意識してるんだろうかと思ったりして、本場にはエピゴーネンに見えたりするのだろうか。

わたしは結構好きなんですがね、ああいうの。

強いて言えば、嫌な奴をだまくらかして勝利!という単純な図式がエモーションとして成立していないというか、もっと腹黒い勝利の余韻を楽しむタイプではあるのでカタルシスに欠けるというのはあるかもです。肝心のアラン・リックマンが演じる嫌な奴が嫌な奴にあんま見えないというのもありますし。まあ「狡猾なわりに頭は切れん」なんて評しているあたりとか、マーティンを信用しているのとか、ラストの展開を見ていると審美眼のないというのは事実としてあるわけで、そこが絵画を見極めるコリンには嫌な奴と映っていると考えれば納得できなくもないわけですが。

 

あと「コラテラル

マイケル・マンはこれと「HEAT」しか観ていないんですけど、今のところは結構評価が高い感じです。

印象的なのはやっぱり銃声でしょうか。開けた空間で撃ったときの反響の配慮のなさなんかはすごい耳に残りますし。

ジェイミー・フォックスというと顔からオラオラで強気なチンピラな役を想起しがちなわたしなんですけど、アメスパ2とかコレとか結構内向的なキャラクターを演じることが多いのかな。「ベイビードライバー」は見た目通りのキャラクターでしたけど。

この映画も評価が分かれているというのは意外。トム・クルーズの悪役とか良かったし、トムのせいでジェイミーが変質していく(資料受け取りの部分なんかほとんど解離してトムの人格を形成しちゃってんじゃないのと思うくらい)様子とか、ちょっと歪なバディものとして見れば全然楽しいと思うんですけどねぇ。プロ意識高そうなくせに抜けているトム・クルーズとか可愛げありませんかね。

まあでも、トムクルーズの殺し屋が超軼絶塵だと思う人はいないわけで、そんなの最初の仕事でランクB-くらいの仕事ぶりからもわかるわけで。顔がよくてカッコイイこと言ってるんだけど仕事はそんなにうまくないみたいなとこが面白い。

あと観たあとで気づいたんですけどマーク・ラファロとかステイサム出ててびっくらしました。ステイサムはともかく、「フォックス・キャッチャー」といいラファロのカメレオンぶりは凄まじいものがありますな。自分が気づかないだけかもしれませんが。

 

あと夜の色が独特だったのはHDカメラのおかげかな。どうしようもない映画だった「スーサイド・スクワッド」も夜空を撮したシーンは綺麗でしたが、アクションと夜景っていうのはやっぱり映えるのでじゃんじゃんやってほしい。

日本映画の予算じゃこういうのは観れませんからね。

 

 

 

快楽主義者

ベルセルクの元ネタの一つなんかで、映画ファン意外にも割と知名度のある「ヘル・レイザー」。リメイクが発表されて5年が経ちそうなわけですが、ハーヴェイ・ワインスタインの弟であるプロデューサーのボブ・ワインスタインにもセクハラ疑惑が浮上していたり、遅延が予想される中でオリジナルを今更観る自分の嗅覚の鈍さよ。

 

そんなわけでようやく動くピンヘッドを観れたわけですが、直前に「ファイナル・デッドコースター」を観ていたということもあって、当然といえば当然ですが一言に「グロテスク」といっても異なるものなのだなぁと痛感いたした。

「ファイナル~」シリーズの方は、要するに結果としてのギャグ的なグロ死にで売りつつその過程のハラハラを楽しむものであるわけですが、「ヘル・レイザー」の方は幻想映画としてのスパイスに「見てて痛い」グロさを見せつけてくる。釘が手にひっかかて血が出るシーンとか、出血の量が割と笑えるとはいえ痛みの質がやたらとリアルなせいで目を背けたくなる。似たものだと映画ではなく漫画ですが「魔王juvenile remix」のスピンオフの「waltz」で蝉のささくれをびりびりと剥がすのが近い。

まあ大方の人の楽しみ方と同じで、自分もセノバイト側の世界に萌えていました。ていうか、割とそれだけ(ってわけじゃないけど)の映画ではないでしょうか。異世界に繋がるシーンは「パンズ・ラビリンス」の元ネタなのかなーと思ったり、まあともかくそういう異世界デザインとか異世界とのリンクするシーンを楽しむものなんじゃないかな、と。地味にホラーでテレビの異変というのを描いたのでは「リング」に先駆けているんじゃないかとも思うし。

人体模型のようなフランクが服を着ているちぐはぐなシーンとかいいですよねー。

ただまあ低予算ということもあって、粗が見える部分もなくはない。後ろ足で壁を這って向かってくる怪物の後ろに黒子の足のようなものが見えたり、まあそういうのはご愛嬌として受け入れらるんですが、というかそういうのも含めてカルト映画たり得ているのでしょうし。

登場する4人のセノバイトではやっぱりチャタラーが一番好き。ピンヘッドとフィメールは喋りすぎなのがちょっと受け付けないんですよね。受け付けないってほどではないにしろ、無言で迫るチャタラーのほうが怪物感あって良い。というか造形が単純に好き。どじっこなバターボール(ひどい名前だぁ)もあれはあれで好きなんですけどね。

 

 トリビアみたいなのをガラパイアで見つけたので一応リンクをば。

ヘル・レイザーにまつわる知られざる16の秘密(ピンヘッド閲覧注意) : カラパイア

 

ピエール瀧が淫行で捕まる映画

しかも思ったより早く退場するし。まあ主人公の諸星(綾野剛)の行く末を暗示するという機能性は十分に果たしてくれているわけですが。

しかしあれですね、昨今の日産やら神戸製鋼やらの不祥事が明るみになった今の目で見るともはや「そりゃそうでしょうね」という納得すらしてしまう。

 

この映画、最初の時点からこの映画が語ろうとしていることを端的に示している。要するに道警の建前主義やら違法性、勝てばよかろうなのだ精神。この映画が全編に渡って描いているのは、結局のところ全国柔道大会に勝つために諸星を警察に入れさせたことの延長でしかない。タイトルが出るまでの写真や新聞が地味にこれから先に起こることを予見していたり。

最初の方なんかは緩めの刑事ドラマにありそうなBGMと映像の汚穢感とのミスマッチ具合が絶妙に気持ち悪かったりするわけですが。ほのぼのとした日常を演出しておきながら、やっていることはアレというのがなんともいえない。

 

システムそのものが腐敗している+主人公がストレートな馬鹿=コレ。

はっきり言ってしまえば思想統御の一辺を垣間見せる、この先にあるのがディストピアなのである。道警という組織、というかほとんどシステム化してしまっているスコア制度の中でそれに誰も疑義を呈することなく当然のように隷属している。や、それは少し言いすぎであるわけで、疑念を挟むというか自己保身からくる恐怖を表出させることはありますか。

システムによって疲弊した人間を救うために情みたいなものが見えたりするあたり、前日に北野映画を観たあとということもあって凄まじくストレートで笑えてきてしまうのですが。

 

全体的に綾野剛の変顔とかデフォルメな演技とか、まあコメディだよなぁと。劇中での時間経過に対して人物の顔の変化のなさというか、カリカチュアされているのでかなり笑えるのですが、綾野剛にあの髭って全然似合わない気がするんですけど。武曲はそこまで気にならなかったんですけどね。結婚式でチャカという言葉が出るのも、そのシーンを感動げに見せているのが笑えたりしますし。普通にコメディとして見ても面白いし。

 

ラストのカットで日の丸国旗を大写しにして「諸星以外の道警関係者は未だ一人として逮捕されていない」の文字が

ちなみにこればアバンの国旗アップからズームアウトしていくのと対比になっているんですな。音楽もオープニングと似たのになっているんですがやや間の抜けた感じになっていたり演出も細かい。

 

あー「バーフバリ」とかも見に行きたいんだけど体ががが。