dadalizerの雑文

観た映画の感想を書くためのツール。あくまで自分の情動をアウトプットするためのもの。

笑って泣けて、最後には感動が待っている

なんて書くと安っぽい宣伝文句みたいになってしまう。思うに、こういう考えられていないキャッチコピーってある種の言葉狩りなのではないだろうか。ある文脈上で特定の言葉を使うことで、言葉そのものがひどく希薄になってしまう気がして。そういう意味では、ジブリのキャッチコピーってやはり優秀なのだなーと、製作過程を見るに思ったりする。

 まあ、なんでこんなことを書くのかといえば「ブライズ・メイズ~史上最悪のウェディングプラン~」を観た感想を一言に押し込んでしまうと、まさにタイトルとおりになってしまうからなのですが。正確には「笑えるのに同時に胸が締め付けられるような映画」という感じですが。

 ポール・フェイグ監督作品とのファーストコンタクトは昨年の「ゴーズト・バースターズ」だったこともあり、そこまで注目していたとかそういうわけではないんですが、ハゲがラジオで割と推していたのでBSでやっていたのを録画して見たのが「ブライズ・メイズ」でした。まーともかく面白い。下ネタもバンバン投入してくるんだけれど、馬鹿らしいものから割と笑えないものまでたくさん。アメリカではマスターベーションにテッシュを使わずベッドなり靴下なりにそのまま射精するという文化は以前から知っていたので、「シーツが割れた」という下ネタは思わず吹き出しました。出てくるキャラクターが全員魅力に溢れているのがよろしいのです。ケーキ屋の看板の名前いじりとか小学生レベルの下ネタも、クリスティン・ウィグ演じるアニーの置かれた状況があまりにどん底であるがために笑うに笑えない、けどやっぱ笑っちゃう。

 「人生から逃げるな」。これをコメディ色の強い作品で、しかも重みを持って登場人物に違和感なく言わせることができるって、もう相当な力量でしょう。親友とも喧嘩してしまい、いっときはいい感じになったポリスとも険悪になり、ナンバーワンのベッドバディでもなかったことを知らされるところとか、笑えますけどはっきりいって状況としてはかなり悲惨。悲惨だからこそ、笑いとばせというメタな視点もあるのかもしれないのだけれど。

 そしてそのキャラクターたちを見事に成立させている役者たちのアンサンブルとでもいいますか。クリスティン・ウィグはゴーストバスターズでようやく意識し始めた程度だったんですが「宇宙人ポール」とか「オデッセイ」にも出ていたのに気づきませんでした。マーヤ・ルドルフもどっかで観た顔だなーと思ったら「26世紀青年」でした。あれもインパクトの強い作品なんですが、やりたい邦題のせいで割食ってる感じがしないでもないんですよね。あとはメリッサ・マッカーシーですか。この人のキャラがもうともかく色々と下品で最高。洗面台で脱糞するところとかもう色々とひどい。

 しかも何気ない演出も上手い。アニーがメールを送ってそれぞれの女性から電話で返信をもらうシーンで、メリッサ・マッカーシーだけよくわからない機器に囲まれた空間から電話をしているのが映し出されるんですが、それが後の展開に繋がってくるという。まあここはぶっちゃけ本筋とはそこまで関係ないといえばないんですが、やっぱりメーガンという人物造形の根拠になっているわけで、そういう伏線がうまく生きていたりもする。

ほかにもヘレンの娘の反応とかも最高なんですよね。画面にアップになって「so ausome」と口にする前からニマニマしているのとか。

コメディ映画と侮れない、観ていて目を背けたくなるような部分もありながらやっぱり笑える。人生に背を向けているような自分に後ろ指をさすような、素晴らしい作品だった。

こどもつかい

春日太一が邦画に対して指摘していたことがそのまんま当てはまる作品だった、と。退屈であくびが出まくってしまった。頑張れば寝れたかもしれないけれど、守銭奴なわたしはどうにか耐え忍んだ。

なんて書くとつまらない作品だと思われるだろう。実際、そこまで面白い作品ではないのだけれど、清水崇のフォロワーではない自分にとって呪怨しかまともに知らないので、どうしても相対化したくなってしまうのである。もちろん同じ監督で同じジャンル映画を撮っているのだから、比較してしまうのも仕方のないことなのだけれど、やはり呪怨に対して面白くない。デジタルで撮っているのだろうけど、画面の質感がどうにも作風とマッチしていない気がする。というか、ホラーに関しては(作品にもよるとはいえ、特にJホラーは)アナログ撮影のほうが適しているのではないかと思う。

ところどころの演出はやはりというか、上手いところも見受けられる。同じ画面の中に二つの異なる世界を同居させる演出や、異界表現として画面そのものではなくカメラを傾けることで表現している部分などは感心しました。また、門脇さんのオーバーアクトはともかくとして、中野遥斗が演じる連くんの肩の根性焼きに対する過剰な反応も、後々の回想で裏付けされますし、そういう細かい部分の演出はすごい良かったんですよ。直美が掴んだドアノブの向こうで起きていたことは……っていうのも観客の想像力をかきたてますしね。まージャンル映画的なサービスのつもりなのか知りませんが、実際にその画面を見せてしまうのはいかがなものかと思いますが。「アイアムアヒーロー」くらい徹底して描くならともかく。

ただ話運びが退屈すぎる。冒頭で書いた、春日太一の指摘していたことというのは「人間を描きすぎてつまらない」ということなんですよね。その点においてこの映画、主人公である直美、タッキー演じるこどもつかい、それどころか後半に登場するキーマンのじーさんまで描く始末。直美は話を回す役割を背負っているので、むしろ描かなければならないのでそれ自体はともかく、回想しすぎ。確か、押入れに閉じ込められる幼少の回想場面が3回はあったと思うんですが、後のことを考えても2回にまで減らせるはず。あとあと、おそらくは「虐待された子どもは、親になるとその子どもに虐待する傾向にある」ということを示したかったのでしょうが、その割に直美のお腹の中の子どもについての話はどこいったのか行方知れず。あとこどもつかいも中途半端に時間を割いたせいでむしろキャラクターに寸止め感を催します。子どもの味方という点はすごい好きなんですけれど、じゃあどうして変態おじさんの父を裏切ってまで子どもを救いたがったのか、という部分に関してはもっと描くべきだったと思うのです。ほかにも殺されるためだけに登場する人もいるわけで(引張るほどのこともでないのにさっさと死なない)やっぱりあくびが出てくるんですよね。記者であること意外の情報が皆無の有岡くんを見習って欲しいものです。こいつもこいつで記者なのに仕事してないんですが。

さっきは演出のことを褒めましたが、逆にどうしてこんなくどい演出するのかと思う部分も何箇所もありました。最後にタッキーが落とされるスロー演出(カット割って真横からのアングルもいれるし)。悪い意味でヒーロー特撮を観ているような感じになりました。

あと全体的に子役の子役感が拭いきれてないのが少々気になる。ジャンル映画ではあるので下手に達者な子役を持ってこられてもほかの演者が演技的演技をしているのが際立ってしまいますし、それはそれで困るんですけど。「君はいい子」で自然な演技を見せていた中野遥斗が若干とはいえ作りすぎている感じがしたのも、おそらくは監督の意図的な部分なのかもしれませんし。

題材からして子どもを話から外すわけにはいきませんし、中野遥斗はジャンル演技とでもいうべき仕事をこなしているので、まあわたしのホラー映画に対するリテラシー問題という部分もありますし、そこまで気になる部分でもないんですよね。実際、ほとんど子どもは喋りませんし。

 全体的に描くべきところを描かず、描かなくてもよい部分を描きすぎているような印象を受けました。ホラー映画のお約束的なものはいくつか散りばめられていますので、全編に渡って退屈、ということではないんですけど海外のホラー映画が進化を続けているのでもうちょっとJホラーの代表作家として頑張って欲しかったなーというところ。なんだかすごい上から目線になってるんですけど、一人の観客としての率直な意見なので仕方ないでしょう、うん。こんなことなら雨女見ておくべきだったなぁ。

絵本や童話のような話ではあるので、バランス次第でもっと面白くなったきがします

アメリカン・ハッスル

なにこれ超楽しい。

GyaOってたまーに特集みたいなので過去の名作とか無料で放出してくれるんであなどりがたし。

で、動画漁ってたら「アメリカン・ハッスル」なるものがあったので視聴。全然知らないノーマークの映画だったんですけど、メチャクチャ面白かった。まあ自分が知らなかっただけで役者陣とか監督とかトマトの評価からするに公開当初は話題だったんでしょうな。日本公開も本国から一ヶ月遅れって感じでしたし。

まーともかく役者の演技が最高でっしゃろ。チャンベールのデブ腹ってガチなんでしょうかね。あまりに腹が出てるもんでびっくりしたんですが、チャンベだしガチなのでしょうね。ブラッドリー・クーパーエイミー・アダムスもよろしい。ジェレミー・レナーもカツラみたいな髪型でイイやつ演技ハマってるのがすごい。この人ってアベンジャーズシリーズのホークアイ(あんま好きじゃないんですがこのキャラ)とか「S.W.A.T.」のイメージが強いので、素直にイイやつ(ってわけでもないけど)の役がハマるとは思わなんだ。まあ繊細な表情とか上手いですし「メッセージ」でもエイミーと一緒に真面目な役もやってますしね。

「世界に一つのプレイブック」から続投のクーパーとジェニファー・ローレンスもいい。「同情はできるがウゼー女」をやらせたらピカイチですね、ローレンス。顔とか全然好みじゃないし女優としても全然好きじゃないんですけど女優としての力はやっぱりあるのですね。「世界に一つの〜」も「パッセンジャー」もそうでしたし。あー「X-MEN」もそうですね、そういえば。ていうか26歳なんですね、ローレンス。若いなー、もう30近いのかと思ったけど(四捨五入したらそうですが)早熟ですの。外国の人って年齢わからん。

マフィアだからって本当にちょっとしか出番のない役にデニーロ使ってたりして笑いますし、マイケル・ペーニャもチョイ役なのに美味しい役だったり、ともかく俳優陣の演技が面白い。あと話も面白いです。血の匂いがなくて笑いどころの多い「ディパーテッド」のハッピーエンドというか。

 

ともかく面白い

あえてこう呼ぼう、司馬宙と

この題名で観た映画がわかる人はどれくらいいるのだろうか。「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」を観てきたんですが、その前に観てきた「ブラッド・ファーザー」についても軽く触れておこうかしらしらしら。出所したばかりのメル・ギブソンの元にカルテルだったかマフィアだったかの男と交際していた放蕩娘(勉強はできるっぽい)が殺人(未遂)を起こして泣きついてくるんですが、これが面白いんですね。ジャンルとしてはありふれてるんですが、アル中なところとか野蛮なところかメルギブまんまで笑っちゃいます。ところどころで笑いもあります。午後ローとかでやってそうな映画なんですが、その中でも割とレベルの高い午後ローですね。ていうか午後ローでやってくれ。吹き替えで観たいんで。あーほかにもGyaOで観た「バグダット・カフェ」とかもちょっと感想書きたい気もするんですけどね。

とまあ「ブラッド・ファーザー」はこの辺にしておいて「皆は~」について書いていきましょうか。

最初に言っておきたいのですが、多分これは「ヒーロー映画」ではないのだと思う。もちろん、監督のインタビュー記事や寄稿、宣伝文句的に「ヒーロー映画」という言葉が引用されるのは無理からぬ話ではあります。しかし「ヒーロー映画」と同様に「時代劇」や「西部劇」といったカテゴライズされた枠組みの中では、もはや「ヒーロー」や「侍」といったものの真髄を描くのは難しいのです。なぜなら、そこには決して振り払うことのできない打算や商業主義がまとわりつくからでもありますし、単純に陳腐化されてしまうからです。ファイナルウォーズ以前の平成ゴジラが「怪獣映画」ひいては「ゴジラ」という一つのジャンルになり下がり、そのジャンルに寄りかかり、おんぶにだっこの惰性と怠慢で粗製濫造された結果として当然の結果を迎えました(それでもゴジラという怪獣の力が持つポテンシャルによってギャレゴジやシンゴジのようなものも出てくるわけですが)。スピルバーグが「ヒーロー映画」のバブルははじけると言ったのも、至極当然の話なのでしょう。

そう考えると、やはりこれは「ヒーロー映画」ではなく「ヒーローの映画」なのです。言葉遊びのようですが、自分の中でこれら二つの定義は異なります。

主人公のエンツォが超人的能力を得る過程はあまりにくだらない上に、盗人の末路としては至極当然という意味で笑えるのですが、本人が深刻で音楽もアンビエントな感じなので笑っていいのか笑っちゃだめなのかわからなくなってきます。笑いといえば、この映画は随所に笑いが仕込まれていますが、日本的なあざとい笑いじゃないのもポイントが高いです。グロ笑いは北野映画っぽくもありますね。

あまりに寒々しく薄汚れたアパートに住み、ヨーグルトだけしか食べず、やることと言ったらアダルトビデオを観るだけ。盗んだものを安値で買い取ってもらい、たまに麻薬運びを手伝う日々。圧倒的童貞臭といい、超人的能力を得てやることがATMを破壊するという短絡的行動など、中学生並みの発想です。ていうかマジで童貞なんじゃないかと思えるのですよね、試着室での半分強姦に近い行為を見ると。しかしエンツォを演じるクラウディオさんのすごく野卑な薄汚さは素晴らしいですね。ウォッチメンロールシャッハはザックのコミック指向な画作りも相まって現実感は乏しい(これが悪いというわけではなく)ので、それとは正反対でしょう。

卑近で卑俗なエンツォの佇まいに、それだけで共感してしまいます。どうしてそんな彼がヒーロー足り得るのか、それはもう簡単に言い表すことができるでしょう。「愛する女が望んだから」たったそれだけです。そう、人がヒーローになるためにはそれだけの理由で十分なんです。超人的な能力は、あくまできっかけに過ぎません。実際、アレッシアと触れ合う前は、彼のやっていることはヒーローと正反対というか、普通に犯罪ですから。それもまた、エンツォの人間味にプラスされているのですね。アレッシア役のイレニアさんは口元がフィフィに似ていて、素直に美人とは言い切れないのですが、そこがまた現実的で素晴らしい。地に足付いた顔で、おっぱいがでかい。イレニアさんは本作で乳首をモロ出しにするのですが、彼女の乳首は乳輪のサイズ感とか色合いとかすごい絶妙な気がします。

そしてそして、本作のヴィランを担うジンガロ役のルカさん。こいつが素晴らしい。小物で虚栄心と承認欲求の塊で、馬鹿なくせになまじ権力を握ってしまっているがためにさらに増長する。もうこいつも最高に最低なんですが、でも人間の本質ってそういうものじゃないでしょうか。そういう意味で、このジンガロさんはポールバーホーベン的でもあると言えるかもしれません。ともかくこのジンガロが出てくるシーンはあますことなく最高ですね、笑えますし。ナポリの殺害動画のシーンは少し「キングスマン」のあのシーンぽくもありつつ、あそこまでスタイリッシュではない部分がまた卑俗的でたまらんのです。

ようやくエンツォがヒーローになるのは物語の中盤か、あるいはラストのラストと言ってもいいでしょう。ですが、それはまた、アレッシアの呪いでもあるのかもしれません。それでもエンツォは、ジーグのマスクを被って飛び立ちます。

この映画を完璧な映画だと思ったりはしません。ですが、とても純粋で紳士な映画であることに疑いの余地はないと、それだけは断言できます。はっきり言って、「茶化し」という皮をかぶり滑稽に見せる中で逆説的にしか純粋さを描けなかった「デッドプール」の先をいったのではないかと思っています。

この映画のタイトルでもある「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」というのは、本編の後のことを表しているのかもしれません。たしかに、アメコミヒーローには欠けているものがあります。

制作費2億円ほどのこの素晴らしい映画。はたして、日本の映画でこれだけの新解釈のヒーロー映画を作ることができるでしょうか。漫画やアニメを映画化するということの真髄を、まざまざと見せつけられました。

GTAみたい

パトリオット・デイ」って名前がかっこよすぎる。日本の祝日の名前でこんなにカッコいいのってない気がする。和訳しても愛国者の日になるわけでしょう? 個人的には秋分の日と春分の日が音としてはかっこいいと思うんですけど、いかんせん字面がパッとしないんですよね。

さて、それじゃあ「パトリオット・デイ」の本編はどうだったかって話なんですけど、色々と不思議な作品でした。今回はパンフレット買ってないんで細かい部分まで突っ込めないんで細かい部分まで指摘できないんですけど。フィルモグラフィとしては「ハンコック」と「バトルシップ」、最近だと「バーニング・オーシャン」を観ているんですけど、いわゆるビッグバジェット系の作品を多く扱ってるぽいですね。本作をいれて直近の三作は事実をもとにした話の上にマーク・ウォルバーグを使っているんですが、最後まで見るとどうしてこのゴリラをキャストしたのかと思う。いや、作品の中で違和感があったわけではなかったので別にかまわないんですけど、ほかのキャストが実際の人物に寄せているのでなんとなく一人だけ浮いてるような気がしたのですよ。

キャストそのものはともかく、作品そのものは割と楽しく見れました。が、なんとなくハリウッド大作特有の「愛のゴリ押し」的なものがちょっとねぇ。これに関しては現場の人たちの本音というか、まあ一種の流れのようなものであると思うし、表層的にはうまくまとまってるといえばまとまっているので、わたくしのようなひねくれた者でなければ「いい映画見た」と思って帰れるでしょう。エンドクレジット前に遠くからいびきが聞こえたのは内緒でせう。

さてさて、いい加減中身に触れろってことなんですが、あんまり見たことのないバランスだったです。というのも、実際の事件と元にしているということ、それも2013年という超最近の事件ということもあって監視カメラの映像素材が豊富に残っていたようで、随所に多用しています。そして、この作品の面白いところは、その映像素材に帰結するように物語を進行させていくんですね。だから、そこまで大幅に脚色しているってわけじゃないんでしょうけど、うーん、ちょっと前半の爆破に巻き込まれる人々の日常が平板すぎると思うのですよ。音楽もなんか単調だし、それぞれがマラソン会場に集まっていく以外にこれといって接点があるわけでもないので……いや、音楽が単調だったり悲劇に巻き込まれる人の日常を描くことで悲劇性を増幅させようという意図があるのはわかるんですよ。ただ被害者に関してはぶっちゃけ被害者として意外には「愛の力で勝った」という予定調和に帰結するための役割しか持っていないので、病院に運ばれたあとは別にそこまで重要な役割ではないのでなんとも。とはいえMITの学生の「他人のこととかどうでもよい」という感じがもたらす(おそらく本人たちはそれすら気づいていないのでしょうが)悲劇という面もちゃんと描いていましたから感心しました。正直なところ帰着部分への持って行き方はあまり好みではない(一理あるわけではあるんですが)のです。が、この作品の素晴らしいところは、FBIの対策チームの奮闘ぶりです。倉庫を使って現場再現するところとかメチャクチャ上がりますよ、マジで。これだけ対応が速いのは、やっぱり9.11のアレ以降なのか、FBIは元々それくらいのバイタリティがあるのか。ともかく、あのへんの描写は「シン・ゴジラ」の巨災対結成みたいなシークエンスでもあるのでやっぱり上がるんですよね。あと後半の銃撃戦のところ、観世にGTAで好き放題やった結果みたいでちょっと笑っちゃいました。

JKシモンズの無駄遣いぶりとか色々言いたいことはあるんだけど、FBIのあの描写だけでも十分じゃないかな、うん。

20th century women

なんとなく自分の好きなものがこの年になってようやくわかってきたような気がする。

それが何かというと強さや理想だけじゃなく、弱さや脆さというものを当然のように描いていることなのかもしれない。つまり、リアルな存在としての人間が描かれているかどうか。マンチェスター・バイ・ザ・シーからの流れでこの作品を観て、そう思った。

もちろん、ファンタジーとしてのキャラクターだって大好物だし、プログラムピクチャーとかジャンル映画だって大好物ではある。そうじゃなきゃトランスフォーマーやら何やらのグッズでダンボールまみれになったりしないし。

しかし本作のパンフレットを買って読んだいま、あまり自分が書こうという気力はそこまで湧いてこない。というのも、1000円という値段に見合うだけの情報量がこのパンフには載っていて、自分の中でこの作品に対する気持ちというものが希薄になってきているからだ。感情とか感想って生ものだから、基本的には映画を見てすぐに書くべきなんですよね、本当は。午後ローを観たせいでごっちゃになってしまったとか朝一で見てきたから眠かったとか、そもそも映画を観たいという気分でもなかったという理由はあるんですが。パンフはあくまで参考とか答え合わせ的に使っていたんだけれど、内容盛り込みすぎてそれ読むだけでちょっと満足してしまったというかエネルギー持ってかれたというか。

 ただ、パンフの町山広美のインタビューを読んで自分が映画を観ていたときに思ったことを再確認できたのは良かった。それは何かっていうと、前述したことと少し繋がってくることでもあるんだけれど「生きた女性」を描くのがメチャクチャ上手いってこと。自分が思うに、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」と本作の違うところはまさにそこにあるんじゃないかと思う。「マンチェスター・バイ・ザ・シー」では「生きた人間」は描かれてはいたけれど「生きた女性」はそこまで深く描かれていなかったと思う。別にこれは悪いことじゃないし、むしろ性別というものに縛られることなくより普遍的な「人間」を描いたからこそ脚本賞を受賞できたんじゃないだろうか。要するに、深度というかピントの問題でしかないわけで、「20th」ではよりピントを絞って女性を中心に据えているというだけだし、こっちにしたって世界とのかかわりはしっかりと描けているから登場人物が少なくて家の様子ばかりが映し出されていても息苦しい閉塞感はない。閉塞感がないとはいっても、ある程度閉じた世界であることはそうなんだけど。

とくに生きた女性の描き方について感心させられたのが、女性から見たセックスと男。この作品は全体的に女性の視点から語られることが多い。それは主要登場人物の過半数が女性だからっていうことでもあるんだけれど、それがとてもフレッシュだった。多分、女性監督だったらここまで素直な女性像は描けなかったんじゃないだろうか。男女に限らず、男が男を描こうとするときに生じるノイズ(理想やあるいは諦観など)を持ち込んでしまうことが多いし、社会的に抑圧されてきた女性となるとそのノイズはやっぱり無視できないんじゃないかって思う。もちろん、それは男性が女性を描くときも女性が男性が描くときにも発生しうるし、801ってそういうことでしょう。だけどマイク・ミルズ監督は男の立場から女性を通して女性を見ているから、とても客観的に女性を見ていられるんだろう。インタビューに出てくるのも姉妹と母親の話ばかりだし、そういった身近な女性を生で感じてきたからこそ。父親はあんまり家にいることが少なかったと言っていたから、やっぱりそういう環境で育った監督ならではの視点だと思う。もしもこれが父親と険悪な関係だったとかなら、もっとそっちに寄った作品になっていただろうと思うし。

これは間違ったフェミニズムのように男性を卑下したりはしない。ウィリアムやジェイミーといった男性側の存在も描かれているし、各々の人物が各々の人物について語っていることで、自然とバランスが取れている。

正直、異性というものに一線を引いている自分にとって監督のこの作品はとても眩しく写った。フェミニストの皆さんは、この作品を観るべきでしょうね、うん。納得できるなら多分それは正しいフェミニズムで、そうでなければエゴイズムでしかないのだと築けるリトマス紙でもある。ぶっちゃけ、インタビューしてる町山氏も日本男性に対する偏見があるのですが、まあ否定できないことでもあるのでそこはあえて突っ込まずにおきましょうか。高校時代の自分はまさにそうだったし、今はその振る舞いが軽いトラウマになって異性に対して引いている部分があるのは事実だし。

パンフの情報は劇中で使われた音楽のことや79年の出来事とかが記載されているので買っておくべきだと思う。自分は79年なんてまだ生まれてなかったし、歴史とか政治経済の知識はかなり抜け始めているから、とても参考になった。ただ文字部分の紙質が安っぽいんだよー。1000円も出したんだから、そのへんはもうちょっとどうにかならなかったのかしらと。いやボリュームがあるのは承知してはいるんですが、紙質が揃ってないとなんか安っぽくなるじゃないですか、週刊誌じゃないんだからさ。実際、安いものじゃないし。

あとは役者さんについてちょっと書いておきます。恥ずかしながらわたし、この作品の役者さんをほとんど知らんかったです。辛うじてエル・ファニングってどこかで聞いたことあるなーと思ってたらダコタ・ファニングと勘違いしていたというオチだったし。彼女の妹だからニアピンではあるんですけどね。で、このエルさんがすごい身近な存在感を醸し出していて良かった。あんまり可愛くないというか、ぶちゃいく可愛い感じがすごいリアル。近所の友達ってこんなもんよねって。ダコタはハリポタでしか知らないんですけど、ああいう不思議ちゃん役の妹とは思えない地続き感(笑)

グレタ・ガーウィングの年齢を知って驚いたんですけど、この人の実年齢30歳超えてるんですね。劇中では24歳の役柄で全然違和感なかったんですけど、若いなおい。まあでもよく考えたら二十代後半のジャニーズとか普通に高校生役やったりしてるからナシではないのか。いやでもグレタはやっぱり若いですよ。見た目もそうだけど振る舞いとかちょっと不安げな表情とか、まさにそれですもん。ネオン・デーモンにも出てたみたいですね、この人。ネオン・デーモンは見ようと思ってたけど近所のシネコンでやってなかったから見逃したんですよね・・・今度観てみようかな。

さてさて、一応のアウトプットもできたことだしパンフを読み終えるとしましょうか。

八日目の蝉

アベマ日曜ロードでやってたのを観た。

永作博美やっぱいいですわ。宮崎あおい蒼井優を足して二で割ってそこはかとない手弱女なエロスを含んだ感じ。ちょっと病んでる人間って感じがたまらなくたまらんのですよ。話そのものは別に目新しさとかはないんですけど、永作博美ファンのわたしはそれだけで十分ですし、目新しさはなくとも語れないってことじゃないですからね。あとアベマってコメントが見れるから色々と視聴者の反応が知れるからいいですよね。あまりに理解力のない人が希によくいるので驚いたりしますけど。自分の人のことは言えませんけど普通に見てればわかるでしょってことをコメントで訊ねる人がいますからね。

まあでも「永作博美に会わんのかい」って気持ちはわからんでもないですけど。

小池栄子はそこまで悪いわけじゃないですけど少し演技過剰かな。ただコミュ障ぎみなのは役柄的に正しい演技だとは思うし、ドラマだともっとハマっているので調整の問題かな。井上真央は所作とか表情とかいいですね。小池栄子と喋るときのちょっと演じてるみたいな感じとかもグッドです。あのなんていうか人前だとちょっと態度変わったり電話に出るときだけ声を高くしたりする人っているじゃないですか。なんか無意識のうちにやってる感じの、ああいう感じがでてて良い。ホテルで小池栄子と喋ってるときの感情的な喋り方とか、永作博美に似せてるんですよね、真央ちゃん。芸コマですな。

森口瑤子のどうしようもない怒りの表現とか申し分ないです。だけど一箇所だけ、包丁を持って井上真央と喋るところ、セリフを選んで読んでる感じがするのがなんだかなーって思いました。あそこはもうちょっと心の底から出てきた言葉の吐露ってニュアンスのほうが近い気がする。

個人的には故小路啓之の「ごっこ」なんかと設定が結構かぶってはいるんだけど、同じく「愛」と「罪」を描きながらも作家によってここまで方向性が違ってくるんだなーと面白い再発見しました。まあ小路啓之フォロワーとはいえ、あの人の作品は根底に歪みのある愛(歪んだ愛情ではなく)をキモオタ的風味を使って描くから「罪」の方は「愛」の中に取り込まれていっちゃうんだけど、「八日目の蝉」に関しては最初から最後まで親子愛だし永作博美の「罪」もしっかり描いている分、大人的というかやさしくないというか。