dadalizerの映画雑文

観た映画の感想を書くためのツール。あくまで自分の情動をアウトプットするためのものであるため、読み手への配慮はなし。

ヒューマンドラマかと思えば社会派SFだった

っていうとそれはそれで微妙に違う気がする。

アレクサンダー・ペインの「ダウンサイズ

別に原題の「ダウンサイジング」でいいじゃんと思える謎の変更に首を傾けるばかりなのですが、名前はともかく相変わらず面白かったです。

挫折し続けた先にある救済という、何気に励ましてくれるような話であったりしますし。もっとも、そこには他者への思いやりといった善性が根底にはあるのですが。

しかし文字通りキャラクターがダウンサイズするのに対してアレクサンダー・ペイン映画としては何気にもっともスケールがデカい話だったり。

 

とりあえず役者に関して。

ペインが言うところの平均的アメリカ人である主人公ポールを演じるのがイケメンゴリラこと我らがマット・デイモンジェイソン・ボーンが平均的アメリカ人と言われると疑問だが、よく考えればボーンシリーズにおける彼は自身に戸惑っているわけだから間違っているというわけでもないのだろう。しかしいくら顔がでかくて割と短足とはいえデイモンで大丈夫なのかと。しかし思った以上にはまり役だった。マッチョじゃなくてやや太った印象を受けたのだけれど、どうも腹に詰め物したらしいですな。

クリスティン・ウィグはほとんど出番なしでびっくり。ハゲな上に片方眉毛が全剃りアップで退場という面白い退場の仕方をするのですが、これ以降はまったく話に絡んでこないのがトレーラー詐欺だろうという気がする。別にいいんですけど。

今回二番目においしい役を持っていったホン・チャウ。この人のことはまったく知らなかったんですけど、超かわいい。まず声ね。いわゆるアニメ声っぽい感じなんですが、それをことさら強調するわけではなく自然体に使っているのがグッド。愛嬌のある笑顔とか字幕のぶっきらぼうな言葉使いとかもポイント高いですよねぇ。顔自体は美人というよりは愛嬌のある感じで、なじみ易い顔と言えばいいのでしょうか。ドクターコトーに出てきそうというか。

この人は純真だけど強さもあって、いい感じにポールと対になっていますし。

ニール・パトリック・ハリスローラ・ダーンはチョイキャラなのに公式サイトのキャストにでかでかと載っているのが不思議なくらいですな。「ゴーン・ガール」の後だとこの後ニールが死ぬイメージしか沸かない。

ウド・キアなんてほとんど喋らないのにあのトトロというか埴輪というかグレイタイプの宇宙人のような目で存在感を主張してくるし。

しかし、何といっても今回はクリストフ・ヴァルツでしょう。クリストフ・ヴァルツが美味しすぎる。狂気を帯びている変態とか裏のある変人をやらせるとピカイチですな。「ゼロの未来」もあれは変態と言って差し支えないでしょうし。

ポールとノク・ランがメイク・ラブした翌朝のドゥシャン無言の笑顔ね。カットを切り替えてからの同じ顔というあたり、ペイン映画の笑いで笑える。

 

ペイン映画なので細部のディテールはやっぱり手が込んでいます

車が反対向きに駐車されていたり、施術の待合室にいるのが典型的なユダヤ人だったり黒人だったりアジア人だったりと、背景のディテールが凄まじいことに。

ここで施術室に向かっていくマットデイモンがクリスティンウィグとカットが切り替わると通路の奥にいて小さく見える演出がなされていたり。

タイトルに社会派SFと書いたのはエコロジーな問題提起とか言う以上に、ディストピアな風景が出てくるからだったりする。施術シーンなんかの真っ白空間は、もうディストピア映画なレベル。冒頭でマウスに行う動作(レバーだったりつまみだったり)を人間に対しても同じようにやっているあたり、間違いなく狙っている。あと後半のカルト団体が穴にもぐっていくくだりなんかは「少年と犬」っぽくもありますしね。

ほかにも唐突なトリップシーンがあったり(ここのウド・キアの顔が面白い)して、「リック&モーティ」や「シンプソンズ」で見慣れたつもりでもライブアクションだとやっぱり違いますな。

 

挫折し続けた先に見出す幸福もある。しかし逆に言えば挫折し続けなければならないということでもあり、良いんだか悪いんだかよくわからないという。

映画自体は面白いんですが、パンフの情報量が足りなすぎるのが玉に瑕。