dadalizerの映画雑文

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南北リターンズ 再開の時 ~「北風」小デブの金正日~

韓国映画を劇場で観るのは久しぶり。

そんなわけで「工作 黒金星と呼ばれた男」。

 

 

いやぁ政治をメインに扱った映画としては抜群の楽しさでございますよ、これ。

史実ベースということもあり、主要5科目において赤点ないし限りなくそれに近い点数を取り続け、中でも歴史の知識に乏しい私は二の足を踏んでいたのですが、そんな私でも不足なく観ることができたので、最低限南北朝鮮が争っているということと北朝鮮共産主義国家であるということを理解しておけばなんとかなる。はず。

ま、それでも不安かつ自分で調べるのが面倒という怠惰な人(わたし)はパンフレットを買えば時代背景についての解説なども載っているのでより理解の促進につながるかと。

たとえば、劇中で当選する金大中があそこに至るまでに辿っていた経緯などは、映画を観た後で改めて知るとあの当選の感慨も大きくなりますし、何より(まあ本編でも散々描かれますが)体制側というのはどの国であろうとイデオロギーに関わらず本質的には五十歩百歩でしかないことなどもわかります。
他にも本編の舞台である92年以前の大統領選挙における北朝鮮という巨大なファクターが及ぼした影響についても仔細に記されていますし。
あとはやはりあくまで史実ベースということで、実際にはなかったことを別のことに置き換えていたり、というアレンジがされていることなどなど。まあ、そのおかげでエンタメとして面白楽しく観れるというのが韓国映画の優れた部分でありましょう。


それにしても、つい20年とちょっと前までこんなことが、というか今もだけどあるのだと考えると末恐ろしい反面やっぱりちょっとわくわくしてしまう。そういう響きが「スパイ」とか「間諜」といった言葉にはあると思うのです。

して、そのスパイとして韓国から北朝鮮に潜り込むパク・ソギョンことコードネーム黒金星(ブラック・ヴィーナス)を演じるのが「ベテラン」「コクソン」「アシュラ」など何故か数少ない私が観ている韓国映画にピンポイントで出てくるファン・ジョンミン。

そのほかのメインキャストの映画は観たことないんですけど、保衛部の課長は「アシュラ」にも出ておまんしたか。ここ数日はいいおっさんが出てくる映画ばかり観ていて非常に嬉しい限り。

パク・ソギョンを演じたファン・ジョンミンもいいんだけど、北朝鮮の対外経済委員会所長リ・ミョンウンを演じたイ・ソンミンさんもすんごい良し。よろし。この人の、感情をセーブしようとしてるときに体が小刻みに震えるのとか、なんならそのまま泡吹いて昏倒してしまうんじゃないかってくらい迫真で。割と小奇麗な顔立ちなのに見るからにおっさん顔で良い感じにひげをたたえてるのもグッド。


で、政治を描いた映画ではあるんですけど、実のところこの映画はこの二人のロミオとジュリエット、もといロミオとロミオなお話でもございまして。いや、恋愛要素はないんだけど。
国家同士のぶつかり合いというよりは、それに対して相対化される個を描いた映画ですのでね。

この二人が何回も食事をするシーンが出てきますけど、その場所・口にするもの・どう口にするか、それによって関係性の変化が描かれておりまして、世に跳梁跋扈する恋愛映画などはこういう細かい描写でもって描いてたりすると萌えるので、ぜひ取り込んでいってもらいたいものでげす。

あ、それとこの映画でタバコを吸う人は例外なく悪人です。あとお酒もそうかな? お酒に関してはお酒そのものというよりはその「飲み方」によって善と悪(あくまで通俗的な正義にとっての善悪)が区別されている、といった方がよろしいでしょうか。というかよく考えれば伏線としての機能も持ち合わせていますね、これ。凄まじい。

この辺の描写は先に述べたパクさんとリさんの関係性の変化にも密接にかかわってくるあたりなので、彼らのタバコのやりとりと酒の酌み交わし方(こっちは割と露骨だけど)を前半と後半で注視しながら観ると萌えます。

そうなんです。前述したとおり、この映画、政治劇としての面白さもありつつ関係性萌えの映画でもあるのです。特にお腐れの女史は垂涎ものではございませんでしょうか。私がロミジュリにたとえたのはその辺でございます。
だからこそ、ラストカットが最高なんですよね。あえて遠目からという粋の良さというかね。
もう一度書きますが、だからこそあのラストカットに代表される二人のシーンというのが胸に来るわけです。

関係性萌えのスパイスとしてもう一つ重要なことが。それは同じ国、同じ組織、そして同じ作戦に従事していた同志であっても思想の違い・状況の変化により相対しなければならなくなることを描いていることでしょうか。

それが決定的となるシーン。味方である室長のチェ・ハクソンが北側と接触する際に、パクさんを欺こうとする際に流れる(というかチェがレコードでかける)のがシューベルト「魔王」というのも意味深ですが、この裏切りを知ってしまい敵地で孤独となったパクさんの味方になるのが何を隠そうリ所長なわけで。

こんな萌え燃えな展開が史実ベースのことだなんて、普段は肩身の狭い(それは悪いおっさんどもの悪行のせいなのですが)おっさんがこんなに綺麗に輝くなんて、まだまだおっさんも捨てたものではありません。

某おっさんドラマで描かれた飯事ホモセクシャル(いや別にあれに恨みがあるというわけではないんですが)なんかよりも、よっぽどこっちのブロマンス(というとかなり語弊がありますが)の方が美しく尊い・・・のでございます。私的には。

 

そんな二人の物語は、不穏な空気から始まる。冒頭、屋内の釣り堀での一連のシークエンスなんですけど、あそこで黒服さんたちがちらりと一瞬だけ銃を突き付けてることを示すショットの素っ気なさ。ことさらに強調せず、しかし普通に画面に集中していれば確実に見逃すことのない、あの塩梅。強調されることがない、つまりあくまで日常の陰影にすぎないという恐怖でもあるわけで、いかにスパイという名称を担う存在が危ういものなのかを見せつけてくれます。

そこからパク・ソギョンが黒金星になるまでの経緯なんですけど、ここらへんはほとんど説明的なシーンが続きます。というかまさに説明のシーンなので当然っちゃ当然なんですけど。じゃあダレるか、というとそういうことでもない。割とパパっと済まされるし、というかその辺は手早く済ませてちゃちゃっと本題に入っていくので。

それゆえに彼の家族について削られてしまった部分などもありますが、この映画はラスカットに代表されるように「映さないこと」と「映すこと」(あるいはどう「映さない」「映す」)のかについてかなり意識的でありますから、そこも仕込みのうちでしょう。実際、私は違和感なく観れましたし。

「映すこと」でいえば北朝鮮の、あの貧民市場で用いられるある視点からのワンカット。永六輔は「知らない横丁の角を曲がったら、それはもう旅」とか言っておりましたが、まさに地獄旅でございます。
あの子どもがあの場所で口にしてたのって・・・と考えると、そしてあの場所で北朝鮮側の体制側に属しているあの人が吐露する内心を考えるとやりきれませぬ。

それにしても、北朝鮮の世界観が冗談抜きでジョージ・オーウェルな世界。資本主義社会の日本(というか世界の大半)においては、ここまでわかりやすい支配の仕方ではなく消費行動に結びついて気づかないうちに支配とか操作が成されているという余計に質の悪いものではあるんですけど、共産圏だとこういう支配の仕方が有効だったのだなぁ、と思ったり思わなかったり。確かに支配の仕方としてはこっちの方が単純ではありますし、統治者からすればこっちの方がいいのかもですね。
 

そんなディストピア世界を描いているこの映画にあって、白眉となるのはやっぱり例のあの人の登場シーンでせう。

もちろん、例のあの人が登場するあの空間、あのアングルの切り取り方など、それだけでも十分に異なる存在として際立っているわけですが、それ以上にあの異界とその空間を支配する異物を、異物として観ることができるのは、あの人物が誰かを観客は知っているからです。
しかし、ヒトラーなどと違ってあの人物が直接的に、あそこまで大胆に、あそこまで近接して描かれたことを寡聞にして私は知らなかった。まるで悪魔が顕現する前兆のように(あるいは加耶子と俊夫のような)とてとて歩くシーズーといい、この一連のシークエンスは黒金星たちの顔の表情や固まった姿勢なども相まって特段に際立ったシーンとなっていて、ここを観るためだけでもこの映画を観てもいい。

だからこそ、あの二人で二度目に異界へと「冒険」に出るときの、あの駆け引きの緊張感と高揚感に観客は燃えるのです。

 

もう一つ、何気に個人的に気になったのは、得票や投票を直接操作しなかったこと。これって、公文書が改ざんされていることが明らかになっているどこかの国だと、もはや感覚が麻痺してそうなんですけど、この一線が守られているということは何気になけなしながら理性が残っているということでは。

だって、市民の不安を煽って投票行動に影響を与えるために北朝鮮に自国を攻撃させるなんて回りくどい方法をしなきゃ、投票の数値に影響を与えることができないってことですからね。もしも投票に関する数値を安企部が直接改ざんできるのであれば、わざわざあんな危険を冒してまで北と接触する必要もないわけですし。
それはだから、まあギリギリではありますが理性の残滓でもあり希望でもあるわけで。


政治劇・関係性萌え・ディストピア。こういうのが好物な人は観て損はないでしょう。

南北問題とか史実ベースってとこで肩肘張ってしまいがちで(まあ、わたしなんですけど)、観るのに疲れそうだから(まあ、わたry)という人はあまりそういうことは気にしないでいいかもしれんです。

いや、本当に。