dadalizerの映画雑文

観た映画の感想を書くためのツール。あくまで自分の情動をアウトプットするためのものであるため、読み手への配慮はなし。

ミラクル・ライブラリー

オンライン試写会で「パブリック 図書館の奇跡」を観る。

まあ低スペックのPCで2時間もない映画を3時間以上かけてカクカクの動画で観てしまったというこちらの瑕疵を考慮したとしても、これって全然いい話で終わってないのにそんないい感じで終わっていいのかと思うんですが。かろうじて音楽(音楽プロデューサーがタイラー・ベイツ(ともう一人Joanne Higginbottom

参加してますが)なので曲と歌は軒並み良いです)が主張してくれてはいるのですが。

 

役者はなかなか手堅いところを固めていて、アレック・ボールドウィンクリスチャン・スレーターなんか必要悪の敵対者としていい味出しております。

主演のエミリオ・ステベス(「ブレックファストクラブ」の主演の彼だと最初気づきませんでした)はちょっとスティーブ・カレルっぽい顔つきで、影がある感じは上手く出ていたと思います。

ちょっと驚いたのはジェナ・マローンの可愛さ。あの人、あんな野暮ったい可愛さが出せるのかと。髪色のせいもあるのでしょうが、ズーイーとオーブリー・プラザを足して人懐っこさをプラスした感じというか。ただまあ、キャラクターとしてはすごく退屈ではあります。

んが、この映画の登場人物、というが映画そのものが性善説に貫かれているように見えて、それがかえって欺瞞的に映ってしまう。

ホームレスの人々の中に黒人が多い(画面を占める割合が高い)ことは明らかに意識的ではあるのだろうけれど、ジョージ・フロイド周りの事件を経た後ではどうにもこの映画に対して居心地の悪さを感じてしまう。

それに、まあ、これは土地柄の問題とか福祉制度の違いもあるのだろうから一概には言えないのだけれど、クライマックスに彼らが全裸になったときに強烈に意識してしまったのだけれど、あのホームレス集団の中に女性はいるのだろうか。

もちろん、男性に比べればその比率は圧倒的に少ないだろう。しかし、それは不在を意味しない。だが、この映画では女性のホームレスは描かれない。眼中にないのだろう。あるいは、本当にシンシナティにはいないのかもしれないけれど。

そもそも、そうでなくともこういう人たちというのは隠蔽されがちなので、本当に意識しないと浮かび上がってこないものではある。それをもってして、この映画を称揚することも不可能ではないでしょう(志が高いとは言えないけれど)。

 

人情を描きたいのはわかるのだけれど、そのせいであまりにお行儀の良い人間が集まってしまい、悪徳を担うクリスチャン・スレーターのキャラクターはクリシェもいいところだろう。ボールドウィンは息子の件もあってそれなりに説得力のあるキャラにはなってはいるし、ホームレス集団とのブリッジャーとして機能させたかったのはわかるけどね・・・。

これ、スチュアートも結局のところ、せっかくホームレスから脱したのにまた逮捕歴がついてしまって、これから先がどうなるのかまったくわからない状態になってしまっているわけで、まったくもっていい話ではない。

 

ホームレスと公共空間という問題設定は非常に関心があるところではあるのです。日本にしたって、随分前から公園のベンチの中間に不要な肘置きやら突起やらを置いてホームレスが寝れないようにしていたり、景観という建前の元置かれるしょぼすぎる造花だったりと、まあともかくホームレスは場所を追われている。オリンピックに向けてその流れは加速している。

もちろんこれは日本国内の問題ではあるので、アメリカがどうかは知らない。けれど、結局のところこの映画は公共空間の公共性と個々人の権利の軋轢という問題を提議しておきながら投げっぱなしジャーマンで終わらせてしまうのであります。

いや、ある意味で個人の敗北ではあるのかもしれませんが、問題を突き詰め切れていないことには変わりない。

それが惜しくてならない。

最後に図書館の全体(ってほどでもないけど)を映してくれる煽りぎみのカットを淹れてくれたのはよかった。あれで少し気が晴れた感じがしないでもない。

ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』が観たくなったし、そういう意味でのモチベーションにはなりうる。